大衆酒場酔考譚 週刊文春 掲載記事

上州高崎の「やま平」はカカア天下にオヤジさんのおでんが旨い

松尾 秀助

 高崎市はもう東京通勤圏だ。大竹画伯は自宅から東京駅までかかる時間よりずっと早く高崎駅に着き、新幹線ホームに降り立った。駅から西南に歩いて五分、「やま平」の赤提灯が点る居酒屋へ。「高崎支店」とあるから、「本店は?」と聞けば、おかみさん「銀座五丁目、三笠会館の裏にあったんですよ。お父さん(ご主人)の義理のお兄さんがやってたんです。だいぶ前にやめましたけど」。

 店名をもらって開業し、もう三五年。画伯は宝焼酎「純」(ボトル二〇〇〇円)と炭酸を注文してチューハイを作る。ここの売り物はおでんだ。盛合せ一人前八〇〇円の土鍋入りをもらって、柚子胡椒激辛をつけて食べる。「キクーッ!」。とくに豆腐がうまい。上州名物白滝やコンニャクは黒いのが評判。大根、卵、はんぺん……。ご主人が大鍋でとった出汁がよく利いて、関東風と関西風の中間のような上品な味だ。寡黙なご主人に対して、明るく元気なおかみさんはよくしゃべる。

「もう常連さんだらけ。話してるうちに、『エーッ、その客、うちのオヤジですわ』なんてことがよくあります。高崎は単身赴任の人が多くて、大阪やら北海道やら、全国から来てます。奥(座敷)はホットカーペットだから、温かくてお客さんが寝ちゃうのよね。起こすの大変」

 大きなシイタケを醤油と一味に漬けて焼いたのを食べて画伯、「おいしい!」と叫ぶと、おかみさんは「あー、よかった!」と喜ぶ。なぜか画伯には細々と世話を焼いて、「かわいい格好してるのね、大竹ちゃん」。てへへへ、とテレる画伯、「高崎に引っ越して来ようかな」。日本酒の「松竹梅 豪快生酒」冷用辛口(180ml 四〇〇円)に替え、つぶ貝網焼き(塩胡椒)、ししゃも(オス・メス)を注文。

 高崎は城下町であり、中山道の宿場町でもあった。利根川(と支流・烏川)の水運にも恵まれ、「お江戸見たけりゃ高崎田町紺ののれんがひらひらと」と謡われたほど栄えた。明治一七年には高崎線が開通して東京と直結。新幹線も通じて、北関東第一の商都になった。

「昔から上野(こうずけ)の国府は前橋で、群馬県の県庁は前橋に、歩兵第一五連隊は高崎に、と割り振ったんだね。前橋の人はおっとりしとるし、高崎は商売が厳しいところ。高崎で成功したら東京でも大丈夫」(ご主人の信夫さん・七八歳)

 山登りが大好きな光枝さん(七一)、このごろは休み(日・祝日)には近くの温泉でまったりするという。「上州名物 カカア天下にからっ風」と言うが、おっかないカカアではなく、昔の養蚕、機織でよく働き、家計を支えたということ。「ほら、蚕の世話は柔らかい女手じゃなきゃダメなんだ。こういう手だよね」と画伯、さりげなくおかみさんの手を握る。チョットー!

 いまはときどき娘さんと連れ合いが店を手伝ってくれる。うまく二代目になって「やま平」を続けてくれるようにと、常連客たちは祈っているようだ。

 ほろ酔い気分の画伯がお別れを言うと、おかみさんは飴とチョコのお土産まで渡して、見送ってくれる。からっ風の中を駅に向かう画伯はしみじみと、「ああ、いいカカア天下だなあ……」

※お店の情報や値段は取材当時のものです。

イラスト・大竹雄介

提供:宝酒造株式会社

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2017年1月5日・12日新年特大号
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