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認知症患者の心の内側をのぞく

『老乱』 (久坂部羊 著)

評者ねじめ 正一 プロフィール

ねじめ しょういち/1948年東京都生まれ。89年『高円寺純情商店街』で直木賞、2008年『荒地の恋』で中央公論文芸賞を受賞。

くさかべよう/1955年大阪府生まれ。外務省医務官として9年間海外勤務をした後、高齢者の在宅訪問診療に従事。2003年『廃用身』で作家デビュー。14年『悪医』で日本医療小説大賞を受賞。『破裂』など著書多数。 朝日新聞出版 1700円+税

 私の母が認知症、妻の母も認知症。親友が若年性認知症。私の身近でも三人も認知症がいるわけだから、高齢者の発症予備軍は四〇〇万人いると言われているのも理解できる。

 妻の母の場合は、五年程前から徐々に認知症の症状が出てきた。妻は一人っ子で、生真面目で、小さな頃から親には迷惑をかけずに生きてきた。反対に、どちらかといえば親に迷惑をかけられて生きてきた感があり、私から見ても妻は頼りになる子である。

 その妻が、一人っ子ゆえの責任感の強さからか、認知症という曖昧模糊とした病に振り回されながらも、私がやらなければ誰がやるという勢いで頑張ってきたが、母親の症状が進行するにつれ、「私がどうしてこんな目に合わなくちゃいけないの。お母さんは、私に意地悪しているみたい」と、目を吊り上げ、愚痴るようになってきていた。

『老乱』は、要所要所に差し挟まれた新聞記事なども入れて物語が展開されていく小説である。認知症の本といえば、介護する側の視点から書かれたものが多いが、この本が他の本と圧倒的に違うのは、著者に認知症の人の心がどうして分かるのか、という疑問や誤解を恐れずに、老人性認知症になった登場人物、五十川幸造の心の動きを、細かく真正面から描写していることである。

 それは、フィクションという手法だからできることであり、著者が医師でもあるからこそ表現に説得力があり、読み手も認知症の幸造の心情に寄り添うことが出来る。

「認知症は治りません。……ご家族は病気だけを拒絶しているつもりでも、当人にすれば、自分そのものを否定されているように感じるんです。……周囲を困らせる周辺症状、……認知症患者の無意識の復讐ではないかと、……」

 この本を妻にも読ませたら、前のめりの意気込みを少し抑え、険しかった表情も収まってきたのであった。

この記事の掲載号

2016年12月29日号
2016年12月29日号
嫌われ蓮舫と十一人の“踏み台男”
2016年12月22日 発売 / 定価400円(税込)
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久坂部 羊ねじめ 正一

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