今週の必読 週刊文春 掲載記事

患者の死を看取りながら成長する医師を描く

『サイレント・ブレス』 (南杏子 著)

評者奥野 修司 プロフィール

おくの しゅうじ/1948年生まれ。ノンフィクション作家。2016年11月に『がん治療革命「副作用のない抗がん剤」の誕生』を刊行予定。

みなみきょうこ/1961年徳島県生まれ。日本女子大学卒業。出版社勤務を経て東海大学医学部に学士編入。大学病院老年内科等に勤務した後、スイスへ転居。帰国後は終末期医療専門病院に勤務。本作でデビュー。 幻冬舎 1600円+税

「サイレント・ブレス」というのは〈穏やかな終末期を迎えることをイメージする言葉〉だそうだ。その題名どおり、本書は訪問診療を受ける終末期の患者たちの死をめぐる物語である。

 主人公の水戸倫子は医療技術の研鑽がすべてと信じる大学病院の女医。ある日突然訪問クリニックに異動させられる。左遷だと思って落胆するが、訪問先で死を待つ患者と向き合ううちにサイレント・ブレスを守る医療の大切さに気付いていく物語だ。倫子の進むべき道を示すようにあらわれる教授の一言がいい。「死は負けじゃない。安らかに看取れないことこそ、僕たちの敗北だからね」

 百人いれば百通りの死があるように、ここにもさまざまな死がある。「私、医者なんて全然信じてないから」と言い放つ乳がんの女性ジャーナリスト。母親の失踪後も穏やかに暮らす筋ジストロフィーの青年。息子の頼みを聞き入れ胃瘻をする老母。消化器がん専門の名誉教授は、自らの死を覚悟すると一切の治療を拒否……。大学病院では見ることがなかった患者たちだ。最終話は、脳梗塞で意思疎通がはかれない父親の介護のため休職をする倫子が、死に向かう人間の家族という当事者となって苦悩する。

 面白く読んだといえば失礼だが、死という重いテーマがやさしく説得力のある文章で書かれたことで、より深く死を考えさせる。小説でありながら、あまりにもリアルすぎるのは、著者が現役の終末期医療専門の医師だからだろう。ここに登場する患者は、きっと実在したんだろうな、と思いながら読んでいた。

 現在は、治る可能性にかけて最後まで治療する時代から、死を静かに受け入れる時代への過渡期にある。倫子は、そんな時代の変わり目を背負った私たち自身でもあるのだろう。人は誰もが死ぬ。だが、死ぬときは安らかに死にたい。誰もがそう思っていることを、一番忘れてはならない医師にこそ読んでほしい。

この記事の掲載号

2016年11月3日 秋の特大号
2016年11月3日 秋の特大号
小池vs.丸川
2016年10月27日 発売 / 定価420円(税込)
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南 杏子奥野 修司

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