大衆酒場酔考譚 週刊文春 掲載記事

水道橋の「海鮮 魚升」は魚にこだわって煮込みも魚

松尾 秀助

 JR水道橋駅東口を出た大竹画伯は、線路沿い南側の道を歩く。三崎稲荷神社を左手に見て六叉路の角にある「海鮮 魚升」がお目当ての店。店長の深谷紀樹さん(四五)が迎えてくれる。生レモンサワー(四八〇円)はレモンたっぷりで、目が覚める。

「ありゃりゃ、なんだこれは?」と画伯は壁を指差す。ズラリと張り付けてあるのは様々な種類の魚の骨。三枚に下ろしたものを理科室の骸骨標本のように張って、名前を振ってある。

「魚が好きで、釣りも好き。船舶免許を取ったので、できれば店はスタッフに任せて、自分は釣り三昧でいきたいのですが」と言うのは社長の泉谷勇二さん(四六)だ。一三年前から水道橋駅近くに店を出し、いまや四軒を切り盛りする。「魚升」は三軒目。三年前に立ち呑み店として始め、いまカウンターとテーブルで一九席の店とした。

「メニューも魚、サカナのオンパレード。何から行こうか。まず名物下駄盛(刺身八種盛り合わせ九八〇円)、鯖ヘシコ(四八〇円)、カジキ鮪のステーキ(六八〇円)もいっちゃうか」と画伯。このメニューなら日本酒だろうと「松竹梅 豪快」(三五〇円)をグラスで。「女子呑みセット(二〇〇〇円)やお一人様セット(一五〇〇円)もある。シルバー・セットはないかいな」(画伯)

 魚づくしで、肉は扱わない、と豪語していたのに「煮込み」(三九〇円)がある。鬼の首を取ったように画伯が注文すると、出てきたのは魚のアラで作った煮込み。徹底している。五時開店(昼は海鮮丼四種)で六時にはテーブル席が一杯に。サラリーマンがお得意さまだ。

「大学が水道橋だったので、近くの居酒屋などでバイトをしてましたから、土地勘はありました。仕入れや店長を担当していたのですが、その店が倒産したときには、民事再生法を申請したりして、いろいろ勉強になりました」(泉谷社長)

 こういう居酒屋でやってはいけない事、やるべき事を学んでから経営者になったわけだ。

「水道橋」とは、江戸開府のとき、徳川家康が上水道の整備を大久保忠行に命じ、井の頭の湧水を引いて水戸徳川家上屋敷(いまの後楽園)に入れた。神田上水堀だ。そこから掛け樋で神田川を渡し、神田、日本橋へ流した。神田川を渡る掛け樋を水道橋と呼んで、「江戸名所図会」にも描かれる名所となった。

「後楽園といえば講道館でしょ。ボクは子供の頃、講道館で柔道を習ったんだ。まだ三船十段が生きてて、醍醐八段(当時)が指導してくれた。でも、ガニマタになると女の子にモテなくなるから、途中でやめたけど」と画伯。軟弱な画伯はガニマタにもならなかったが、さしてモテもせず、今の奥方に押さえ込まれて五〇年がたつ。

 芋焼酎黒かめ(四八〇円)にして、「名物・地魚と浅利の酒蒸し」(八八〇円)を頼む。カマス二尾が浅利スープの中に浸って、「カマスの夫婦の混浴みたいだな」と嫉妬に燃える画伯は、仲のいいカマス夫婦をほぐして、美味、美味と平らげる。

 なぜか立ち呑みの名店が多い水道橋。やはり立ち呑み店もやった泉谷社長は、いまや大成功。「釣り三昧生活」も遠くはない。

※お店の情報や値段は取材当時のものです。

イラスト・大竹雄介

提供:宝酒造株式会社

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2016年9月22日号
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小池百合子vs.豊洲利権
2016年9月15日 発売 / 定価400円(税込)
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