大衆酒場酔考譚 週刊文春 掲載記事

古東海道の宿駅があった大井町に「味の磯平」は遊び心満載で賑う

松尾 秀助

 大井町はJR京浜東北線、東急大井町線、りんかい線が通るから駅周辺は人波が絶えない。大竹画伯は大井町線沿いの大井サンピア商店街を歩き、「オーイ地下飲食店街」に降りる。「味の磯平」が今夜の店。壁に「磯平の掟」とある七項目にまず目が留まる。(1)乾杯は皆で楽しく行なうべし。「はーい、カンパーイ!」と画伯は酎ハイ(三〇〇円)のグラスを合わせる。(2)とりあえず牛もつ煮込みから食べるべし。「なんだかコース料理みたいだな」と画伯はフロアの女性に、「もつ煮込みを」と頼む。

「はい、平社員、係長、課長、部長、社長とございますが、どれにしましょう?」「エーッ、なんすか、それ?」――平社員はもつだけ、係長は玉子入り、課長は豆腐入り、部長は大根入り、社長となるとそれらすべてが入る。「夢は大きく、社長でいこう」と画伯。五〇〇円だ(平社員は二五〇円、係長~部長は三五〇円)。ちなみに会長もあって、スープのみ、〇円なり。

「私は高校卒業後、居酒屋のチェーン店で一三年間修業しまして、五年前からここの店長をしています」と佐藤孝さん(三三)。生まれも育ちも大井町で、親の代からお祭大好き。店内の赤い線は神社の鳥居、壁は社殿の金色、床は砂利を模様化したつくりで、店全体がお祭の縁日的賑わいとなっている。飲み物を日本酒の「松竹 梅樽酒」(三五〇円)に変える。吉野杉のいい香り。

 掟(3)肉刺し、魚刺し、どちらか食べるべし。馬刺し(三九〇円)=「万馬券」を注文。「BKI」=豚キムチ炒め(四〇〇円)。「私のきむち、わかる?」――どこまでも遊び心満載だ。ちなみに「磯平の限界挑戦!」と壁に大書してあるのは、天然てっさ(ふぐ刺し)、王道美味鮪刺し、昆布しめ鯖、タコブツなど、すべて三九〇円。

 昼の二時から開けているが、六時を過ぎると三五席ある店内は満員に。すぐ近くに宴会用の個室「翔」もある。

 大井町は高台と低地が入り組んでいて、昔から崖下には湧き水が出た。善福寺中興の了海上人が産湯に使ったという井戸があって、「大井」という地名が生まれた由。また当時は藺草(いぐさ)が一面に生えていたから「大藺」→「大井」となったという説も。江戸期以降に整備された海沿いの東海道より前に、相模から武蔵を経て房総に続く古東海道があった。ここ大井にその宿駅があったというから、品川宿などより早く大井宿は賑ったにちがいない。「私はいまその大井宿の居酒屋で一献やっておる。店の主(あるじ)は若くて気風(きっぷ)がいいし、若い女衆のもてなしもよくて、いい気分じゃのう」と画伯はご満足。

 最後に「プレミアムステーキ」を大奮発。一グラム一五円。高いのか、安いのか? 店長さんがいろいろな肉を見せてくれる。「うーむ、このシンシンというのを焼いてもらおうか。福島牛の等級A5だぜ。一八三グラムというから掛ける一五円は、と……」。画伯がやっと二七四五円という答えを出した頃にはステーキも出来上がり。ポン酢で食べると旨い! イケメン(大)ジョッキで酎ハイをもらい、グビグビと呷(あお)る画伯。すっかり古東海道の旅人気分で、大井宿の飯盛り女をからかいに出かけるのであった。

※お店の情報や値段は取材当時のものです。

イラスト・大竹雄介

提供:宝酒造株式会社

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