大衆酒場酔考譚 週刊文春 掲載記事

エスニックな町・大久保にある「吉の」は父と子が純和風の料理に腕を振るう

松尾 秀助

 JR山手線の新大久保駅から大久保通りを二丁目方向へ歩く大竹画伯。軒並み韓国料理店で、ところどころにベトナム料理店も増えてきた。歩行者の言葉も日本語以外がほとんどで、日本の中の異国だ。

 ヒョイと左の横丁に入ると、そこに「吉の」の看板が。〈串焼き おでん 日本料理〉とある。玄関脇のメニューには〈ふぐ〉もある。「こりゃ、異国の中の純和風店かも」と画伯はカウンターに。酎ハイ(三八〇円)をもらって、「本日のお勧め品」のメニュー表を検討。おでん、ふぐは季節外なので、刺身で攻める。「特選盛り合せ御刺身」(一二〇〇円)、贅沢まぐろ三点盛り(八〇〇円)でどうじゃ!

「カウンター前の冷蔵ケースにドーンと鮪のでかいブロックがあるね」と画伯。店長の吉野太郎さん(三八)いわく、「これは頭に近い部位で筋が多いから寿司屋では使えず、その分、安い。ここからうまく切り出せば安く旨い刺身で提供できるんです」。その技術を持っているのが包丁を捌いて半世紀以上のお父上だ。大久保で日本料理店をやって四十数年。七〇歳になっても腕の冴えに衰えはない。八年前からここに店を出した息子の太郎さんを支える。太郎さんもあちこちで修業し、いまや父親とともにふぐ調理師の免許皆伝。

「オヤジさんは白いあごひげで、息子は黒いあごひげ。二人ともカッコイイねえ。フロアを仕切る母上もちょい茶髪にピアスがキラリ。なんともカッコイイ親子だね」と画伯の筆も躍る。

 カウンター二〇席だけの店だから常連客ですぐいっぱいに。めばる煮付けに夏野菜の煮もの(ともに八〇〇円)を注文して酎ハイのグラスが進む。めばるには煮豆腐とししとうが付いて、本格和風。夏野菜(茄子、インゲン、パプリカ、玉コンニャクに信田巻き)の煮ものに付くトマトは丸のままを出汁で煮て冷製で。「このトマトの旨さは絶品じゃ!」と画伯感動。

 大久保が韓国、ベトナムなどのエスニックな町になったのは二〇年くらい前から。一時はヘイト・スピーチやそれへの反対デモで騒然とした時期もあったが、今は落ち着いて共存共栄。太郎さんは新大久保商店街振興組合の事業部長も務め、一〇月の「大久保まつり」には和太鼓グループ「太囲野(たいや)会」のメンバーとして盛り上げる。「練習のときは騒音防止でタイヤを叩くから『太囲野会』なんです」と太郎さん。エスニックな町に和太鼓の心意気が響く。

「イカのコロ焼き」(五〇〇円)はイカにコロ(内臓)をまぶしてアルミホイルで焼いたもの。レモンをたっぷり搾って画伯、「これ、ワインが入っていると思う。フランス料理だね」。

「最後に残った汁を御飯にかけて食べたらおいしいですよ」という母上のお言葉を守って、白飯をいただく。「お、こりゃ和風カラマリ・リゾットだな」(画伯)

 客はほとんど日本人だが、時として日本語ダメな外国人も。常連客が通訳してくれて、ハングルメニューも書いてくれた。

「大久保にこんな純和風の店があるとは思わなかった。クール・ジャパン、トレビアンね!」

 画伯の日本語語彙不足はご容赦を。

※お店の情報や値段は取材当時のものです。

イラスト・大竹雄介

提供:宝酒造株式会社

この記事の掲載号

2016年7月28日号
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