大衆酒場酔考譚 週刊文春 掲載記事

亀有北口商店街の「ハッピー」は、釣り好きの大将が天然ものにこだわった魚自慢の店

松尾 秀助

 常磐線亀有駅北口の“こち亀の両さん”像に敬礼すると、大竹画伯は北口商店街へ。亀有を一躍有名にした秋本治の漫画「こちら葛飾区亀有公園前派出所」が連載四〇周年だそうで、街灯に「おめでとう」ののぼりがはためく。大衆料理「ハッピー」は気取りのない亀有の町を象徴するようなたたずまいだ。

「店を開けたのは昭和五九年。もう三二年になるな。ここは米屋だったんだが、スーパーに押されて売れなくなったんで、精米所をつぶして居酒屋にした。私は津軽から出てきて釣りが好きだったんで、魚中心に出すんだけど、天然ものだけ。養殖は使わない」と大将の古山藤雄さん(七〇)が言う。五年前に息子の堅一さん(三六)に社長を譲ったが、包丁さばきはまだ現役だ。

 画伯は関アジ(五六〇円)とヒラメ(七五〇円)の刺身を注文し、甲類焼酎と炭酸をもらって自前のチューハイづくり。ご自慢の刺身はめっぽう旨い。思わずツブ貝煮(八五〇円)、ホタルイカ(五〇〇円)、茹でた真ダコ(六五〇円)にシマエビ(六〇〇円)も注文する。大丈夫?

「ワッ、凄い魚拓だ」と天井を見上げて画伯は叫ぶ。巨大なモロコで体長一二九センチ、重さ三三キロ。藤雄さんの釣果ではないが、そのほかにもでかい真鯛の魚拓や東京湾周辺の海図、クルーザーの写真など、釣り好きらしい装飾が店内を飾る。四時半開店。カウンター、テーブルは早々に常連さんで埋まり、奥の座敷も宴会だ。「ハッピー」という気取りのない店名は大将の奥さんがつけた。お客は当初、「スナックだと思って入ったら居酒屋かあ」と言っていたが、「三〇年もたつと、もう慣れた」(藤雄さん)

 テレビで有名になったという「ハッピー汁」(三五〇〇円)も気になるが、土鍋に山盛りの魚介類にさすがの画伯も敬遠か、代わりにマグロステーキ(五五〇円)、玉子焼き(四〇〇円)、塩ラッキョウ(三〇〇円)を頼み、焼酎も二本目に突入。

 亀有は荒川、中川に挟まれた低湿地で、昔は沼地に亀甲の形をした地面が出ていたので、「亀を成す」=「亀なし」(亀無・亀梨)という地名だった。江戸期に「なし」という語感を忌み嫌い、「亀有」に変えたとか。戦国時代に葛西一族が建てた葛西城があったが、徳川の世になって城は「青戸御殿」として将軍様の鷹狩の休息場となった。今は公園になっている。

 隣の客のテーブルに丸ごとの毛ガニ(三五〇〇円)を見つけ、羨ましそうに眺めて画伯、「いいや、家に帰って図鑑を見て描こう」。ちょうどそのとき、先ほど平らげたシマエビの頭を出汁にした味噌汁が出てきて、「うん、これは日本のブイヤベースだな」と画伯は大満足。

「千住の市場でいい天然ものを仕入れる。なけりゃ築地から送ってもらったりね。日曜祝日は休み。大型連休も市場が開かないから店もやらない」(藤雄さん)と徹底している。

 魚とチューハイですっかり将軍様の気分になった画伯、「今日の鷹狩の休息場はなかなか『ハッピー』であるな」とそっくり返るのだった。

※お店の情報や値段は取材当時のものです。

イラスト・大竹雄介

提供:宝酒造株式会社

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2016年6月2日号
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