大衆酒場酔考譚 週刊文春 掲載記事

田端の下町に夫婦でがんばる「やきとり てる吉」は、店も料理も手作りで大人気

松尾 秀助

 JR田端駅(山手線・京浜東北線)北口を出た大竹画伯は線路をまたぐ「田端ふれあい橋」を東に渡る。線路の西側は高い崖。上野山から王子飛鳥山まで続く「日暮里崖線」(本郷台の東端)の裾を削るようにして十数本の線路が走る。

「台地の上と下の低地とでは文化も違いそうだね」と画伯は東田端一丁目商店街の幟が並ぶ道を行く。「やきとり てる吉」はこの通り沿いにある。開店して一〇年目になるこの店はスナックだったのを増子孝夫さん(五五)夫妻が手作りで居酒屋にリニューアル。壁にヨシズを貼ったり、ナマコ壁風にしたりして和風を目指したが、照子夫人が選んで塗ったドアの赤ペンキのせいか、中華風にも見えて、ちょっと不思議。「それだからか、中国人などの外国人の方が結構たくさん来られるんですよ」と、照子さんは明るく笑う。

 焼酎と炭酸をもらって焼酎ハイボールを作る。やきとり(一本一二〇~一四〇円)がメインで、鶏と豚とをタレと塩で焼いてもらい、自家製の味噌をつけて食べる。生キャベツはサービスだ。もつ煮込み(三五〇円)、センマイ刺(四〇〇円)などの定番メニューを注文。

「私が矢沢永吉の大ファンで、カミサンが照子なんで、一字ずつとって『てる吉』にしたんです」と増子さん。壁にコンサートでゲットしたタオルを貼っておいたが、照子さんがお客を撮った写真を貼るので、タオルは宝箱にしまってある。壁を埋めた無数の写真を見て、画伯、「若い人が多いんだ。子供もいるし」。独身時代から通っていた客が結婚して子供を連れてくるのだそうだ。若い女性客は中国人。このあたりに住んでいる外国人も多い。

 ほとんど田んぼや畑だったこのあたりに鉄道が敷かれ、明治二九年に田端駅が開設されると台地の上には美術家や文人が住み始めた。とくに大正三年に芥川龍之介が引っ越してくると、仲間の室生犀星、萩原朔太郎、堀辰雄、菊池寛、小林秀雄らが続々と住み、「田端文士村」と呼ばれた。一方、東の低地には中小の工場、会社が増えていった。

「いまもここの客はほとんどサラリーマンで、会社帰りに一杯やっていく常連客たちです」と増子さん。若いころから料理が好きで、飲食店で修業し、二八歳から自分の店をやってきた。画伯はまいわし刺(四五〇円)、鶏唐揚げ(四八〇円)、牛肉のたたき(五八〇円)を頼み、焼酎ハイボールのジョッキを空にする。

「うーん、大将、料理の腕は確かだね。奥さんは黛ジュン似でかわいいし」――画伯の芸能人時代感覚には誰もついていけない。増子さんは堂々たる体躯の偉丈夫だが、おしゃべりは控えめ。カウンター前の壁板も高くして、料理に集中できるようにした。

 ひとくちイカフライ(四五〇円)はタルタルソースで。新玉ねぎとオクラのサラダ(三八〇円)はよくかき混ぜて。「新玉ねぎがもう出ているんだ。季節ものを使って料理人の腕の見せ所だね」(画伯)

 焼酎ボトルを見事に空けて、ほろ酔いの画伯は、「ああ、やっぱり庶民の町はいいなあ」と東田端の町をふらりと歩くのだった。

※お店の情報や値段は取材当時のものです。

イラスト・大竹雄介

提供:宝酒造株式会社

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2016年3月3日号
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