大衆酒場酔考譚 週刊文春 掲載記事

荻窪銀座街の「鳥もと」は焼き鳥だけでなく北海道の鮮魚も凄い

松尾 秀助

「オーイ、ブンシュンさんか?」

 いきなり頭の上からダミ声が聞こえて、大竹画伯はギョッとなる。JR中央線荻窪駅北口に出て荻窪銀座街に入ったところ。仰ぎ見ると、ハシゴを架けた街灯の「荻窪銀座街」という看板灯をいじくっているパンチパーマのオッサンが叫んでいる。「すぐ行くから先に店に行ってて」。

 彼こそ今日の目的の店「鳥もと」の本店店長・伊與田(いよだ)康博さん(五一)だ。伊與田さんは荻窪銀座商店会の会長をしているが、業者に頼むと数十万円かかるから、会長自ら工具を振り回しているのだそうだ。

「エライ会長さんだな」と画伯は銀座街の中の横丁を入り、「鳥もと」へ。焼酎水割りを注文して店長のお帰りを待つ。カウンター九席、テーブル十数席に立ち呑みコーナーもある。

 この店、元は昭和二七年から北口の線路際にあり、濛々(もうもう)たるやきとりの煙が駅中にたなびいて、思わず立ち寄りたくなる店で、作家の井伏鱒二や将棋の大山康晴名人も常連だった。いまは駅前広場になっているあたりで、長い間、何軒かの店が国との長い裁判を戦い、平成二一年、ついに立ち退き。「鳥もと」も現在の場所に移った。

「オッ、なんだい、何もツマミを出してないのか。鮭の鮭児(けいじ)とマスの介の食べ比べ、それからラワン蕗、長芋、本ししゃもの串焼きも持って来い!」と伊與田さんが帰ってきて、厨房に怒鳴る。すさまじい音量とパワー。

「元々は焼き鳥屋だったんだが、あるとき寿司屋に入ったら、メニューに焼き鳥もある。ははあ、この手もあるかと、すぐトラック運転手時代の北海道の友人に頼んで、魚を送ってもらった」稀に川に遡ってくる若い鮭が鮭児。天然のキングサーモンが「マスの介」。ともに幻の魚といわれるほど稀少なものだ。鮭児は一切れ八〇〇円、マスの介は一〇〇〇円。それでも画伯はとろけるような食感に目を潤ませる。

 北海道・釧路近くの音別(おんべつ)に生まれた伊與田さんは魚屋で働いたりトラック運転手をやったりして、親戚がやっていた「鳥もと」を手伝った。生まれ育った音別で採れるラワン蕗(三〇〇円)や肉厚椎茸バターソテー(五〇〇円)は故郷の味。近くの白糠(しらぬか)沖で獲れるマスの介も一〇キロ以上の上物を出す。本ししゃもはオスメス二尾で五〇〇円。天ぷらも旨い。野菜は埼玉で母親(惜しくも最近亡くなった)が無農薬で作っていたもの。

「凄いこだわりだね。塩が徳島の岩塩、醤油は日本酒の煮切りと味醂を加えたもの。漁師に作らせたアワビの塩辛(二〇〇〇円)も絶品だ。もちろん本業の焼き鳥(五本盛り合わせ六〇〇円)もおいしいね」(画伯)

 若い女性三人組が入店すると、「あら、来ちゃったの!」とディープ・ハグ。「おすすめは?」と尋ねる女性たちに、「おすすめは、このオレ」。キャー!となって、座が華やぐ。帰る客がいると、「トーチャンありがと。そろそろ靴下履けよ」。

「豪快だけかと見えて、すごく細やかな気配りなんだ。テレビで人気者なのもよく分かるね」と画伯。すっかり酔ったのは焼酎ばかりではなく、店長の人柄にも心酔したのかも。

※お店の情報や値段は取材当時のものです。

イラスト・大竹雄介

提供:宝酒造株式会社

この記事の掲載号

2016年2月4日号
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甘利大臣事務所の嘘と「告発」の理由
2016年1月28日 発売 / 定価400円(税込)
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