今週の必読 週刊文春 掲載記事

完璧ではないからこそ温かい6つの家族の物語

『我が家のヒミツ』 (奥田英朗 著)

評者藤田 香織 プロフィール

ふじた かをり/1968年三重県生まれ。書評家、エッセイスト。著書に『ホンのお楽しみ』や杉江松恋氏との共著『東海道でしょう!』。

おくだひでお/1959年岐阜県生まれ。2002年『邪魔』で大藪春彦賞受賞。04年『空中ブランコ』で直木賞受賞。07年『家日和』で柴田錬三郎賞受賞。09年『オリンピックの身代金』で吉川英治文学賞受賞。ほか『最悪』『ナオミとカナコ』など著書多数。 集英社 1400円+税

 結婚が決まった有名人が「何でも話せる明るい家庭を築きたい」と語るのを見聞きすると、ついつい苦笑してしまう。いや素晴らしい。大変結構。でもムリ。たぶん、絶対、それは無理。

 理想を否定するのは無粋だが、残念ながら心に渦巻く不安や不満をすべて口にしていたら、明るい家庭になど成り得ないのが現実だ。

 言えないことは誰にだってある。どんな家にも、秘密はあるのだ。

 ここに収められた六話の登場人物たちもまた、言葉に出せない思いを抱え、それぞれの今を生きている。

 結婚して四年。なかなか子どもが授からず、義母からのプレッシャーがかかるなか、夫と改めて話し合うことを躊躇う「虫歯とピアニスト」の敦美。反りの合わない三十年来のライバルに、実績では勝っているにもかかわらず出世争いで敗れた鬱屈を抱える正雄(「正雄の秋」)。母が再婚し、二歳半から育てて貰った義父に感謝はしているものの、十六歳になり初めて会った実父が著名人であったことに浮かれるアンナ(「アンナの十二月」)。

 母が急逝し、就職を機に出た実家に戻った「手紙に乗せて」の亨は、涙にくれる父を案じながらも、どう接するべきか思い悩み、「妊婦と隣人」の葉子は、臨月間近の身で突き止めたアヤシゲな隣人の正体を、夫には黙っていようと決意する。

 本書は『家日和』、『我が家の問題』に連なるシリーズ三作目、という位置付けだが、各話は独立した短編で、前作を未読でも問題なく楽しめる。但し、最終話の「妻と選挙」の大塚家だけは、シリーズレギュラーとなっていて、『家日和』では小学生だった双子の息子たちも大学生になり、かつてロハスやマラソンにはまっていた妻は、今回、市議会議員選挙に立候補。一家の長である康夫は、またしても大いに振り回される。

 不妊や家族を亡くした痛みなど、六つの家が直面している問題は、いずれも決して軽くない。しかし、登場人物たちが「言えない」のは、我が身可愛さ故の保身であるとも限らない。子どもが学校で虐められていることを親に言えないのは、恥ずかしいからだけではないのと同じで、夫婦だから、親子だから、大切な人だと思うからこそ、簡単に口に出せない思いがあるのだ。

 と同時に、その思いは、他人にならば、打ち明けられることもある。散見する主人公たちと他者との何気ない会話や、彼らに寄せられる親身な助言に、ふっと心が軽くなり、胸にはあたたかなものが広がっていく。

 読後、誰かとこのヒミツを共有したくなる、切実だけど晴れやかな物語である。

この記事の掲載号

2015年11月12日号
2015年11月12日号
美智子さま「ご心痛」の核心 天皇「富山海づくり大会 式辞ご中断」事件
2015年11月5日 発売 / 定価400円(税込)
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奥田 英朗藤田 香織

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