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いまへと続く憎悪の空気

『九月、東京の路上で 1923年関東大震災 ジェノサイドの残響』 (加藤直樹 著)

評者安田 浩一 プロフィール

やすだ こういち/1964年静岡県生まれ。ジャーナリスト。著書に『ネットと愛国』『ルポ 差別と貧困の外国人労働者』など。

かとうなおき/1967年生まれ。法政大学中退。出版社勤務を経てフリーランスに。鹿島拾市の名で、宮崎滔天や「蟻の街」をつくった松居桃楼、朝鮮人女性飛行士の朴敬元など近現代史上の人物論を中心に「社会新報」他の媒体に執筆。本作が初の著書となる。 ころから 1800円+税

 ヘイトスピーチが飛び交う“差別デモ”が全国各地で繰り返されている。標的とされるのは在日コリアンだ。

「朝鮮人をガス室に送れ」「韓国人の家を焼き払え」「韓国人を殺せ」

 下劣な言葉を連呼しながら、デモ隊が白昼の街頭を堂々と練り歩く。

 私はここ数年、こうした“現場”ばかりを追いかけてきた。

 本書の著者である加藤直樹もまた、同じ場所で同じ景色を網膜に焼き付けながら、やはり怒りで全身を震わせていた。

 しかし、排外主義の異様な盛り上がりから“いま”を読み解こうとしている私とは違い、加藤の冷静な視点は過去を遡る。風景をさらに奥深く分け入ってみるならば、目の前に広がるのは血なまぐさい殺戮の現場だった。殺せ。叩き出せ。追い出せ。在日コリアンに向けられた憎悪の叫びから、加藤は九十年前に東京の路上で展開されたジェノサイドの「残響」を手繰り寄せたのである。

 一九二三年九月の東京――。関東大震災のさなかに「朝鮮人虐殺」は起きた。

「朝鮮人が放火している」「井戸に毒を投げている」という流言飛語を真に受けた人々が刃物や竹ヤリで朝鮮人を襲った。

 この惨劇は「過去の話ではない。今に直結し、未来に続いている」と加藤は書く。そうした「焦りのような思い」を抱えて、加藤は東京各地を訪ねる。

 震災当時の記録や証言を集め、鮮血に染まった九十年前の路上を振り返り、そして、ヘイトスピーチが飛び交う「いま」を思う。

 読み進めながら寒々とした気持ちになるのは、本書に収められた当時の記録が、いまへと続く憎悪の空気を感じさせるからだ。

 新聞は連日のように「不逞鮮人の陰謀」を書きたて、朝鮮人への憎悪を煽っていた。偏狭なナショナリズムをドライブとした当時の世相が、「嫌韓」の気分に満ち満ちた現在の日本社会をも照らし出す。

 震災当時、小学生だった子どもたちの作文も紹介されている。

「朝鮮人が立木にゆはかれ竹槍で腹をぶつぶつさられ(刺され)――」「みなさんがたが朝鮮人をつついていましたからは(わ)たくしも一べんつついてやりました」

 あっけらかんとした描写が、かえって不気味で痛々しい。それは、「チョンを沈めろ」と無邪気に叫びながら練り歩く差別デモ参加者の姿と重なる。

 だからこそ加藤は「あれから九十年後」の路上に立った。過去と現在は地続きなのだと強く訴えるのである。

この記事の掲載号

2014年4月10日号
2014年4月10日号
日韓オランダ冷戦 全内幕
2014年4月3日 発売 / 定価400円(税込)
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加藤 直樹安田 浩一

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