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国家のイデオロギーはいかにして形成されていくか

『ザ・ナイン アメリカ連邦最高裁の素顔』 (ジェフリー・トゥービン 著/増子久美・鈴木淑美 訳)

評者平井 美帆 プロフィール

ひらい みほ/1971年生まれ。ノンフィクション作家。南カリフォルニア大卒。02年帰国。著書に『獄に消えた狂気』(新潮社)など。

ジェフリー・トゥービン/1960年ニューヨーク生まれ。ハーバード・ロースクールを卒業した後、連邦判事補などを経て、現在は「ニューヨーカー」の法曹関係のスタッフライターやCNNの法律アナリストとして活躍している。 河出書房新社 3360円(税込)

 二〇〇一年一月、もし、ジョージ・W・ブッシュがアメリカ大統領に選ばれていなかったら? 同時多発テロ後に続いた「悪の枢軸」発言、一連の対テロ戦争を思えば、ついそんな仮定が頭をもたげてくる。

 当時アメリカにいた私の記憶に深く刻まれているのは、大統領選でのブッシュ対ゴア事件である。フロリダ州での集計結果をめぐって、訴訟合戦が勃発。アメリカ社会はかつてないほどイデオロギーによって二分された。前代未聞の争いに終止符を打ったのは連邦最高裁の下した決定である――「再集計は認めない」。

 アメリカの司法判断において、最後に行く末を決めるのは最高裁判事の九人。いや、正確には四対四対一の「一」を投じる者なのだ。

 本書は一九八六年から二〇〇五年まで続いた、ウィリアム・H・レンクイスト長官時代の最高裁にスポットライトを当てている。このレンクイスト・コートで長年にわたって過半数の鍵を握っていたのが、サンドラ・デイ・オコナー。一九八一年にロナルド・レーガンによって選任された女性初の最高裁判事である。

 著者はオコナーを陰の主役として筆を進めていく。だが、彼女一人に肩入れすることはなく、冷静な筆致と多角的な事実の積み重ねによって、九人それぞれの人物像を追う。その手法はあたかも、妊娠中絶、死刑制度、州と教会の関係など見解の分かれる訴訟で、常に中道を見極めようとしたオコナー自身のようだ。

 自らが送り出したブッシュ政権下で、オコナーは次第に左へと傾いていった。〇五年に彼女が引退を表明すると、次こそは「真」の保守派判事を獲得しようと、ブッシュと支持基盤は本格的に動き出す……。

 いかにして、国家のイデオロギーは形成されていくのだろうか。崇高なイメージで捉えられがちな最高裁だが、内情は人間臭く、政争に翻弄される運命にある。

 その舞台裏を垣間見るうち、現在の日本のあり方がじわりと心に浮かんだ。

この記事の掲載号

2013年8月8日号
2013年8月8日号
雅子さま「不在」で強まる重圧 秋篠宮紀子さま「氷の微笑み」の裏側
2013年8月1日 発売 / 定価380円(税込)
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