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言語の機能や起源についての思考実験SF

『言語都市』 (チャイナ・ミエヴィル 著/内田昌之 訳)

評者円城 塔 プロフィール

えんじょう とう/1972年生まれ。作家。2012年『道化師の蝶』で芥川賞受賞。近著に『屍者の帝国』(伊藤計劃との共著)がある。

1972年イングランド生まれ。2009年『都市と都市』でヒューゴー賞を含む主要SF賞を独占。2011年に刊行された本書でもローカス賞を受賞し、英国のみならず現代SFを代表する作家として世界的に注目される。 早川書房 2100円(税込)

 英国SF界の最前線に立つチャイナ・ミエヴィルの傑作である。ここで、SFのSはサイエンスを指し、ソーシャルも指す。このふたつの融合においてミエヴィルと肩を並べる書き手は今のところ存在しない。

 本書の舞台は、奇妙な言葉をあやつる先住種族の住む辺境の惑星。相手の言葉はわかるのだが、その言葉を話すためには「大使」と呼ばれる特別に育成された人間が必要である。そしてまたこの先住種族の言葉はなんと、嘘をつくという機能を持たない。

 異種族同士の共同体と、非対称にしか交渉のできない先住民。その状況に、かつての帝国としての国民に加え、英語を話さない新たな移民たちを迎えつつある英国の現状を重ねるならば、これは見事な政治小説に見えてくる。生得的に発言権を握る「大使」を貴族や巨大メディアと読みかえてみることも可能だ。

 それと同時にこの小説は、言語の機能や起源についての思考実験を豊富に含む。言語が思考の限界を定めるという見解は人間の各国語の間では否定されているものだが、ここでの相手はそもそも何を考えているのか不明な宇宙人なのである。

 新たに本星から送り込まれた大使の言葉が、先住種族の言語の持つ「嘘をつけない」という性質と出会って引き起こされた混乱は惑星全土に拡大し、中盤以降はサバイバル小説の様相さえ呈することになる。

 感染性のある言語現象というと、ホラ話のように聞こえるが、政治の言葉とはまずなによりも人を操る言葉であるという単純な事実を思い出してみると良い。

 政治と経済と科学が複雑に絡みあうこの都市小説において、ミエヴィルは多様性を強調し続ける。しかし国際関係論の博士号も持つ彼の支持する多様性は決して口当たりの良いスローガンではなく、仇敵や、語り合う言葉を持たない者たちとの共存を当然の前提とし、それを脅かす者に断固として対抗する種類の多様性ということになる。

この記事の掲載号

2013年5月16日号
2013年5月16日号
オランダ密着レポート 雅子妃が「小和田雅子」に戻られた夜
2013年5月8日 発売 / 定価380円(税込)
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チャイナ・ミエヴィル内田 昌之円城 塔

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