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死者とともに生きる家族の物語

『明日死ぬかもしれない自分、そしてあなたたち』 (山田詠美 著)

評者小林 紀晴 プロフィール

こばやし きせい/1968年長野県生まれ。写真家、作家。近著に『メモワール 写真家・古屋誠一との二〇年』『写真と生活』など。

やまだえいみ/1959年東京都生まれ。85年『ベッドタイムアイズ』で文藝賞を受賞し、デビュー。昨年、『ジェントルマン』で野間文芸賞受賞。近著に『タイニーストーリーズ』など。2003年より芥川賞選考委員。 幻冬舎 1470円(税込)

「人生よ、私を楽しませてくれてありがとう」この言葉から、本書は始まる。語りべは雷に打たれて17歳で突然亡くなった澄生(すみお)という兄をもつ、残された姉弟だ。二歳年下の妹、兄や姉とは血のつながっていない弟、そして異父を持つ末の妹。同時に、彼らの母についても多く触れられる。すべて15年後の視点による。

 読み進めていると、死んだ兄と母のどちらが生きているのか、わからなくなる。母にとって兄は、どの子とも違う「宝物」だった。その特別な存在を失った母は死人以上に、死んでいるかのようだ。やがて、母は心身に変調をきたす。アルコール依存症となり、入退院を繰り返す。

 兄の死後、誰の誕生日会も開かれない。死んだ者が優先される。兄の死はそれぞれの姉弟のなかで、みずからの成長とともに静かに独特の変化を遂げる。「家族ひとりひとりに今も寄り添い続け」「死に見張られる人生を引き受け」ながら。ただ母だけが違う。「記憶は本人の都合の良いように改竄されて行く」はずが、母の「記憶に住む澄生は、少しも変わらない」からだ。

 死から15年後、末の妹が兄の「命日に何かやらない?」と提案する。兄の名前を、母にこわごわ告げる。

「何? 今日、金曜日だから、澄ちゃん部活で遅くなるみたいだけど?」

 母のなかで、兄がまだ生き続けていることに誰もが愕然とする。かわりに兄の誕生日会が開かれる。おそろしく哀しい会のはずなのに、妙に温かく心地良い。母の生を初めて感じるからだ。

 死者は、死者となった瞬間から生者に否応なく襲いかかる。喪失を招き、絶望を生み、ときに幸福にもする。確かなのは、不在ただそのことにより、誰よりも何よりも生者に働きかけること。なのに、生者は死者にそうできない。だから、人は打ちひしがれるのだと思う。もしかしたら、生きている者たちは死者に生かし続けられ、人生を楽しませられているのかもしれない。

この記事の掲載号

2013年3月21日 90周年特大号
2013年3月21日 90周年特大号
PM2.5+黄砂 首都圏直撃パニック
2013年3月14日 発売 / 特別定価390円(税込)
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