不肖・宮嶋のオラオラ日記 WEBオリジナル記事

ミリメシを食う

文・写真宮嶋 茂樹 プロフィール

みやじま しげき/1961年5月生まれ。兵庫県明石市出身。日本大学芸術学部写真学科卒業。幼少の頃のあだ名は「明石の火打ち石」。通称「不肖・宮嶋」。自称は「写真界のハリソン・フォード」改め、「写真界のジョージ・クルーニー」(年齢が同じやから)。写真週刊誌の専属カメラマンを経てフリーの報道カメラマンに。主に、修羅場を好むが負傷が絶えず、負傷・宮嶋と呼ばれていたものが、不肖・宮嶋に転じたという説もある。第2回雑誌ジャーナリズム賞、第4回日藝賞を受賞するも世界的ビッグタイトルには未だ恵まれず、そこが宮嶋の限界と揶揄されている。本人は「50歳引退宣言」を撤回し、新米カメラマンの頭を蹴落とすことを生きがいに55歳まで現役を続けると宣言し直している。

なお、著書は40冊以上。売れ行きは、そのほとんどが採算ラインをやや上回る程度。最新刊は東日本大震災の記録である「再起」(KKベストセラーズ)、「不肖・宮嶋のビビリアンナイト」(祥伝社)。文藝春秋からも6冊の刊行物があるが、なぜかすべて絶版。もちろん、刊行予定もない。

日米の合同訓練「鉄拳作戦」に同行取材中は、ミリメシ、つまりミリタリー・レーション(戦闘糧食)を食べる機会が多かった。不肖・宮嶋、実はミリメシには少々うるさい。この25年間、世界中の様々な軍隊のミリメシを口にしてきた。そして、「不肖・宮嶋 戦場でメシ喰う!」(ワールドフォトプレス刊)を上梓したほどなのである。

 ミリメシの代名詞と言えば米軍のMRE(Meal, Ready-to-Eat)であろう。日本は1945年に無条件降伏して以降、戦争をすることもなく今日を迎えている。だが、米軍はそうではない。太平洋戦争後も、世界各地で戦闘を続けている。朝鮮半島で、ベトナムのジャングルで、最近ではイラクやアフガンの砂漠で戦い続けている。あるときは弾の飛び交う下で、またある時は移動中のトラックの荷台で兵士たちはMREを食べ続けてきた。

 そんな中で鍛えられてきた米軍のMREは、改良に改良を加えて成長してきたと言っていいかもしれない。実際、MREのパッケージには「戦士が推奨、戦士が試した、戦士が認めた」と大きくプリントされている。メニューの種類も豊富である。今回、写真で紹介している「チキンパスタ」は「ナンバー23」とあるが、ワシがこれまで口にしたメニューだけでも40種類はあったように思う。

これがMRE。どのメニューもこのサイズである。この大袋は再利用できるようになっている。
メニュー23はパスタ。

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