不肖・宮嶋のオラオラ日記 WEBオリジナル記事

「スケール・モデル」と言わんかい

文・写真宮嶋 茂樹 プロフィール

みやじま しげき/1961年5月生まれ。兵庫県明石市出身。日本大学芸術学部写真学科卒業。幼少の頃のあだ名は「明石の火打ち石」。通称「不肖・宮嶋」。自称は「写真界のハリソン・フォード」改め、「写真界のジョージ・クルーニー」(年齢が同じやから)。写真週刊誌の専属カメラマンを経てフリーの報道カメラマンに。主に、修羅場を好むが負傷が絶えず、負傷・宮嶋と呼ばれていたものが、不肖・宮嶋に転じたという説もある。第2回雑誌ジャーナリズム賞、第4回日藝賞を受賞するも世界的ビッグタイトルには未だ恵まれず、そこが宮嶋の限界と揶揄されている。本人は「50歳引退宣言」を撤回し、新米カメラマンの頭を蹴落とすことを生きがいに55歳まで現役を続けると宣言し直している。

なお、著書は40冊以上。売れ行きは、そのほとんどが採算ラインをやや上回る程度。最新刊は東日本大震災の記録である「再起」(KKベストセラーズ)、「不肖・宮嶋のビビリアンナイト」(祥伝社)。文藝春秋からも6冊の刊行物があるが、なぜかすべて絶版。もちろん、刊行予定もない。

 不肖・宮嶋の趣味としては射撃と狩猟があることは、これまで何回か書いてきたけれど、実はもうひとつ、ささやかだが45年も続いている趣味がある。写真をご覧になってもうお分かりかと思うが、模型作りである。

 誰や、そこで「何や、プラモかいな」と鼻で笑っとるんは。あかんで、あかんで。ナメたらあかんで。そもそも「プラモ」などと略して言うな。「スケール・モデル」と言わんかい。それはともかく、模型作りの最大の魅力は、もはや乗れない、あるいは観ることさえできない飛行機や船をわが手で作り上げることができることである。「模型道」は男の最後の聖域ではないかとさえ思う。今では銃や釣竿を手にする女性を見かけることはあるが、模型作りに熱中している女性にはついぞお目にかかったことがない。

フランス空軍のRF-84F、「サンダーフラッシュ」。ドイツのヘラー社製。素のままで組み上げると機首部が軽くて尻もちをついてしまうため、コクピットの下に重りを入れた。
1/48スケール。川西特攻機「梅花」試作3号機。チェコのA&Vモデルズ社製。帝国海軍は1944年より特別攻撃専用機の開発を進める。動力として、ドイツのV-1飛行爆弾の動力であるパルスジェットに着目。この機体の設計は川西が担当し、パルスジェットの開発は東京帝国大学航空研究所と海軍第一航空技術廠が共同で行った。が、設計途中で終戦に。

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