著者は語る 週刊文春 掲載記事

「解放か侵略か」論争に36歳が一石を投じるルポ

『大川周明 アジア独立の夢 志を継いだ青年たちの物語』 (玉居子精宏 著)

昭和13年、東京西郊に私塾「大川塾」がつくられた。思想家・大川周明を所長とする東亜経済調査局附属研究所。外務省、陸軍、満鉄が出資し、日本の南方進出に貢献する人材を育てることが目的とされた。卒業生への聞き取りと資料をもとに、知られざる教育機関の実態を明らかにしたルポ。本書が初の著書となる。 平凡社新書 924円(税込)

 戦時中、「大川塾」という私塾があった。思想家・大川周明が所長を務める東亜経済調査局附属研究所の通称で、南方進出に貢献する人材として若者たちを教育した後、海外に送り込んだ。ライターの玉居子精宏さんは戦中の元塾生たちの活動を追い、「解放か侵略か」で論争の続く太平洋戦争の新たな一面を紡ぎ出した。

 もともとベトナム戦争に興味があったが、古山高麗雄(ふるやま・こまお)や伊藤桂一などの戦記文学と出会い、日本の戦争を描きたい衝動に駆られた。20代半ばで出版社を辞めた。戦友会を通して仏印(フランス領インドシナ)にいた戦争経験者などに話を聞いて回った。

「出版のあてもないのに、『小説を書きたいから』と取材依頼を続けました。翻訳編集者で取材経験がなかったので、佐野眞一さんの本から学ぶうち、ノンフィクションの持つ、時代を記録する面白さに目覚めて」

たまいこあきひろ/1976年神奈川県生まれ。2004年、戦時中ベトナムに存在した日本の外地校「南洋学院」の取材を開始。05年ベトナム・ホーチミン市に移住。07年に帰国後も会社勤めをしながら、個人の記憶を通じて戦争の時代をたどる作業を続けている。

 2005年、ホーチミン市に妻と移住した。翻訳の校正をしながら、合間を見て取材するうち、元塾生の西川捨三郎さん(故人)と出会った。その後帰国し、各地にちらばる元塾生のもとに何度も脚を運んだ。1938年から敗戦まで、塾が輩出した90人あまりのうち、元気なのは10名ほど。残された時間はわずかだ。

「初めは大川に対して、『国家主義者イコール怖い人』ぐらいの印象しかなかった。塾も陸軍中野学校のようなものと思い込み、『スパイ』と表現して塾生にたしなめられるなど話が噛み合わず、戸惑ってばかりでした」

 元塾生たちがマレー作戦、ビルマやインドシナ独立運動、インパール作戦で担った役割を取材した。すると彼らが謀略を仕掛けるどころか、戦争に巻き込まれ、現地の人々への共感と軍部のアジア軽視との狭間で苦しむ姿が見えてきた。

「彼らは空疎なイデオロギーでなく徹底的に現地語を習得し、『正直と親切』を旨とし、現地と地道に信頼関係を作れと教え込まれました。派遣先も地元に根ざした小規模の会社が多かった。彼らは『我々は戦争がなくてもアジアに行っていた』と言います。大川にしても理論家の面ばかり強調されますが、実際は塾生たちの報告によってアジア情勢を正確に把握していた。目先の戦争でなく、アジア諸国の独立後まで見越して人材を育てようとしたのでは。『アジアで稼ごう』と上滑りに喧伝されがちな今こそ、戦前・戦中のアジア主義が持つ芯の強さ、元塾生たちの抱いた理想と苦悩を知ってほしいです」

「週刊文春」編集部

この記事の掲載号

2012年9月13日号
2012年9月13日号
総力取材 次の総理大臣は誰だ? 踊る自民党大総裁選
2012年9月6日 発売 / 定価380円(税込)
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