不肖・宮嶋のオラオラ日記 WEBオリジナル記事

第34次UNDOF派遣隊員を見送る

文・写真宮嶋 茂樹 プロフィール

みやじま しげき/1961年5月生まれ。兵庫県明石市出身。日本大学芸術学部写真学科卒業。幼少の頃のあだ名は「明石の火打ち石」。通称「不肖・宮嶋」。自称は「写真界のハリソン・フォード」改め、「写真界のジョージ・クルーニー」(年齢が同じやから)。写真週刊誌の専属カメラマンを経てフリーの報道カメラマンに。主に、修羅場を好むが負傷が絶えず、負傷・宮嶋と呼ばれていたものが、不肖・宮嶋に転じたという説もある。第2回雑誌ジャーナリズム賞、第4回日藝賞を受賞するも世界的ビッグタイトルには未だ恵まれず、そこが宮嶋の限界と揶揄されている。本人は「50歳引退宣言」を撤回し、新米カメラマンの頭を蹴落とすことを生きがいに55歳まで現役を続けると宣言し直している。

なお、著書は40冊以上。売れ行きは、そのほとんどが採算ラインをやや上回る程度。最新刊は東日本大震災の記録である「再起」(KKベストセラーズ)、「不肖・宮嶋のビビリアンナイト」(祥伝社)。文藝春秋からも6冊の刊行物があるが、なぜかすべて絶版。もちろん、刊行予定もない。

 山本美香氏の非業の死の報に接したのは、日本の裏側、カリブ海に浮かぶ小国ハイチでであった。ハイチは一昨年1月の大震災で、東日本大震災よりもすさまじい30万人を超える犠牲者を出した。

 日本からもPKO部隊が派遣され、復興のために自衛隊員が汗を流し続けている。

 日本に病床の母を残し、長期海外出張に出かけることにはためらいもあったが、これも報道カメラマンを息子に持った宿命と諦めてもらうことにした。

 山本氏が非業の死を遂げる1週間前、つまりシリアで精力的に取材活動をされていたまさにその時期に、不肖・宮嶋は中東最大の街、カイロに滞在し、なんとかシリアのビザを取得できないものかと策をめぐらしていたのである。

 実は、シリアのアサド政権はカイロのシリア大使館で多くのビザを発給しているのである。ただし、発給の条件として、首都ダマスカスにある情報省に代理人を出頭させること、という一項がある。

 つまり大メディアでなくてはならないのである。そうはいっても、コネで取得できぬこともない。現に、イラク戦争ではヨルダンのイラク大使館でフセイン政権が発給した報道ビザを入手したこともある。

 だからカイロでも、運が良ければビザは出るはずなのである。しかし、そのビザが許す、シリアでの最長滞在期間は1週間しかないのである。もちろん、ビザが出たとしても取材にはアサドの息のかかった情報省の厳しい監視がつくことは間違いない。

 そうであっても、言われる通りおとなしくしていれば、反政府勢力がダマスカスを陥落するタイミングに居合わせる僥倖に恵まれるかもしれない。そうなったら、これは世界的スクープである。

 だが、滞在が1週間ではどうしようもない。しかも、近頃は、アサド政権側が巻き返して、どうやら今年いっぱいはもちそうな状況なのである。

【次ページ】 シリアに入国するもうひとつの方法

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