著者は語る 週刊文春 掲載記事

夫婦で訪れた旅のモザイク

『澁澤龍彦との旅』 (澁澤龍子 著)

白水社 2100円(税込)

 マルキ・ド・サドの翻訳や幻想的な小説で知られ、没後25年が経過した今なお、カリスマ的な人気を誇る作家・仏文学者の澁澤龍彦。人生を共にした夫人の澁澤龍子さんが、このたび、二人で巡った旅をテーマにしたエッセイ集『澁澤龍彦との旅』を上梓した。自身の作品としては、2005年に出版された『澁澤龍彦との日々』に続く回顧録となっている。

「前作を書いて、執筆は終わりにするつもりでした。ですから2年前に、編集者の方にこの本の企画をいただいたときは、あまり乗り気ではありませんでした。それでもパラパラと、当時の旅のメモを読み返してみたら、色々な記憶がよみがえってきて、書いてもいいかなと思えたんです」

 ふたりでの最後の旅となった、山口を巡る紀行から本書は始まる。大内文化の花開いた古都・山口市は予てから澁澤が訪れたいと思っていた町のようだ。

「当時の澁澤はずっと喉が痛そうで、今でこそ、少しやつれていたように思い出されます。一方で、大内氏を描きたいという創作意欲にあふれ、生き生きとしていた印象もあるんです。常にやりたいことがあったからでしょうか、最後まで若い頃の姿のまま大人になったような人でした」

しぶさわりゅうこ/エッセイスト。1940年鎌倉市生まれ。早稲田大学卒業後、新潮社に勤務。「藝術新潮」編集部時代に澁澤龍彦と出会い、1969年結婚。新婚旅行の欧州をはじめとして、国内外各地をともに巡り歩いた。本書には二人での最後の旅となった山口のほか、車で回った東北・三陸、たびたび訪れた京都、4度のヨーロッパ旅行などの思い出が、詳細な記憶をもとに描かれている。主な著書に『澁澤龍彦との日々』など。

 元来、書斎派のイメージの強い澁澤だが、実際には国内外を問わず、実に様々な場所を訪れていることに驚かされる。

「澁澤が一人で旅をしたことはほとんどありません。私と結婚して、堰を切ったように外へ出るようになった。最初は、本で知っているものの実物を確認するだけの旅でしたが、徐々に新しい世界に触れるために各地を回り始め、そこで見つけたものが後の作品に現れるようになりました」

 最後に一番印象に残っている旅を尋ねたところ、龍子さんは三度目のヨーロッパ旅行の思い出を挙げた。

「何よりも印象深いのは、念願のサドの城を訪れた時の澁澤の姿です。サドは彼の人生そのものでしたから。荒れ果てた城の原っぱで、澁澤は一心に草花を摘んでいました。それを同行した皆が黙って見ていた。彼の興奮が伝わってきて、人はこんなにも一所に思い焦がれることができるのかと感じたことを今でも覚えています」

「週刊文春」編集部

この記事の掲載号

2012年5月24日号
2012年5月24日号
野田聖子「奇跡の出産」の陰で献身夫「裏切りの二股愛」
2012年5月17日 発売 / 定価380円(税込)
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