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今週の必読

もしあの人気若手作家が怪奇小説を書いたら――

『エムブリヲ奇譚』 (山白朝子 著)

評者卯月 鮎 プロフィール

うづき あゆ/1975年生まれ。書評家、ゲームコラムニスト。「S-Fマガジン」「ダ・ヴィンチ」など各誌で書評を手掛ける。

やましろあさこ/2005年、日本で唯一の怪談専門誌『幽』でデビュー。同誌に連載された短篇作品に書き下ろしを加えて、単行本『死者のための音楽』を刊行。本作は第2作となる。趣味はたき火。 メディアファクトリー 1659円(税込)

「切ない」という感情にこれほど多彩な色合いがあるとは驚かされた。街道が旅人で賑わう江戸時代風味の世界で展開される、9編からなる連作短編『エムブリヲ奇譚』。人間が生を受けてから死ぬまで抱え続ける、道理では計り知れない欲や情。食欲、金銭欲、支配欲、生への執着……。不条理かつ不可思議な世界に放り込まれ、それらを剥き出しにした人々を、どこか飄々と温かみのあるまなざしをもって描く。人間の根幹に触れるからこそ、時に滑稽で、実に哀しく、心の奥にまで届くのだ。

 ――旅本の作者・和泉蝋庵の付き人となった「私」は、旅の途中、霧に満ちた町へ迷い込んだ。深夜、小川の岸辺で「私」は犬が食い散らした白くて小さなものを拾う。芋虫のようなそれは人間の胎児。「私」は、そいつを懐に入れ出発した……(表題作)。

 どの道中記にも載っていない温泉や名所を探す和泉蝋庵を狂言回しに、物語は進む。死者がつかりにくる温泉、漁村で出された人面が浮かび上がる食物、渡ると戻れない幽霊橋。ジャンルとしてはホラーだが、ことさら恐怖心を煽るわけではない。奇妙な旅話という興味をそそる形で読者を一気に引き込み、一話一話絶妙なタイミングですっと幕を降ろす。緊張と弛緩、リズムの良さも読後の意外な爽快感につながっている。

 ここからは余談になるが、作者の山白朝子は覆面作家であり、その正体は人気作家の乙一だという。さらに本屋大賞にノミネートされた『くちびるに歌を』の作者・中田永一も乙一だそうだ。デビュー当初からその着想と構成力の高さがずば抜けていた乙一だが、別名義でホラー、青春小説とジャンルの枠をはめることで、より分かりやすく上手さが伝わっているように感じる。それにしても、これほど覆面での活躍が続くと、あの作家もあの新人も乙一ではないかと思えてくる。書店に並ぶ大半の本が実は乙一作……だったら、それこそホラーだ。

この記事の掲載号

2012年4月26日号
2012年4月26日号
島田紳助 独占告白90分
2012年4月19日 発売 / 定価380円(税込)
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山白 朝子乙一卯月 鮎

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