著者は語る 週刊文春 掲載記事

介護の現場で見出した豊饒なる語りの世界

『驚きの介護民俗学』 (六車由実 著)

農家の人びとが副業でやっていた流しのバイオリン弾きや荷物運びの「駄賃付け」。じつは収入的に豊かだった電線張りの漂泊民や電話交換手の女性達――介護現場で出会った多種多様な人びとの語りは、宮本常一『忘れられた日本人』を彷彿とさせる。「聞く」ことによる高齢者ケアの新たな可能性も示唆する瞠目の書。 医学書院 2100円(税込)

「大学で民俗学の研究をしている頃は介護の現場を全然知りませんでしたし、調査の対象とする意識も全くありませんでした。でも介護施設では、フィールドワークで直接会うことの難しい大正一桁生まれのお年寄りをはじめ、民俗資料としても非常に豊かな語りに数多く出会えたんです」

 前著『神、人を喰う』で日本人の食と暴力性の根源に迫り高い評価を受けた気鋭の民俗学者・六車由実さん。数年前、大学での研究の仕方に疑問をもち在野の人となった。そしてこれまで沢山の話を聞かせてくれた東北のお年寄り達への感謝から、「間接的にでも恩返しがしたい」と故郷静岡の介護施設で働きはじめる。そこで見出したのは、従来の民俗学では見落とされていた市井の人々の姿だった。

「たとえば、私がデイサービスで出会ったある宮崎出身の男性は、高度経済成長期の『漂泊民』でした。その方は、戦後、発電所から各村々に電線を引く仕事で、技術者グループの家族も含め十数名の大所帯で、村から村へと20年間まわっていたというのです。『家がないのは子供に申し訳なかったが、収入もよく一番楽しかった頃だ』と語ってくれました。民俗学で漂泊民というと、芸能民、宗教者、猟師、もしくは被差別民の話が大半ですから、こんなケースは初めて知りました。

 また、ある大正生まれのおばあちゃんは、18年にわたって村々を巡り蚕を雄雌、日本種と中国種に分ける『鑑別嬢』の仕事をしていました。製糸業の歴史では女工ばかりが注目されますが、すぐれた蚕種をつくり出すのに鑑別嬢の役割は大きく、若い娘さんの集団ということもあり村々では大歓待されたとか(笑)」

むぐるまゆみ/1970年、静岡県生まれ。民俗研究者。大阪大学大学院文学研究科修了。東北芸術工科大学東北文化研究センター研究員、同大学芸術学部准教授を経て、現在は特別養護老人ホームで介護職員として勤務。2003年『神、人を喰う――人身御供の民俗学』でサントリー学芸賞を受賞。

 エリート女性の花形・電話交換手として引っ張りだこだった大正生まれのシングルマザーから、戦後コンドームの使い方を教えに各家庭を回っていた産婆さんまで、その多種多様な“忘れられた日本人”の人生は驚きに満ちたものだった。

「常民の研究といいつつ、フィールドワークではある特別な人たちの特別な話を聞いていたことに気付かされました。お年寄りの話にじっくり耳を傾けるとみなさんすごく喜びます、家族には話しづらいことも多いですから(笑)。それはひとつのケアの方法としても、身体や認知機能の改善に繋がります。でもそんなおこがましい話ではなくって、普通の人々のたくましい人生にふれて、私自身が自分の生き方を見つめ直すきっかけになってきたんです」

「週刊文春」編集部

この記事の掲載号

2012年4月5日号
2012年4月5日号
独占インタビュー 野田首相 阿川佐和子がすべてを聞いた!
2012年3月29日 発売 / 定価380円(税込)
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