
香港の作家が綴るたくらみに満ちた香港譚
『地図集』 (董啓章 著/藤井省三・中島京子 訳)
トン・カイチョン/1967年香港生まれ。現代香港を代表する小説家・批評家。大学の創作科でも教鞭を執る。2009年、アイオワ大学の国際創作プログラムに参加。香港文学が原文から邦訳され単行本となるのは本邦初。 河出書房新社 2520円(税込)
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昨夜見た夢を人に語ったとたんに平板なものに成り代わって落胆することがあるが、本書もそれに似てあまり解説したくない。でもしないと書評にならないのでジレンマだ。
著者は香港の作家で、初の訳書となるこれには四つの作品が入っている。表題作「地図集」を読むだけでも作家の実力は充分にわかるが、ポップな味わいの短編三作が抱き合わせになっていることで、遠い山の向こうから作者が降りてくるような親しみがある。
アイオワ大学の創作プログラムで著者に出会い、作品に魅せられた小説家の中島京子が発案し、本書の刊行がなったそうだが、作家本人を知っている人ならではの心憎いセレクションだ。
「地図集」は一言でいえば香港を語った小説である。とはいえ、歴史小説や回想記とはちがい地図を介して語る。学術書のように読めて、展開されているのは作者の想念が捏造した「香港」なのだ。
造幣工場の機械で銀貨の代わりに白糖が製造され、レアもので高価なゆえにイギリスの女王陛下のアフタヌーン・ティー用砂糖として珍重されたという「糖(トン)街」にまつわる伝説、中国式には四環九約と書かれるヴィクトリア市の「九約(カウヨツク)」の由来を伝える悲恋の物語など、虚実がないまぜになった歴史秘話が魅力的だ。
それにしても、なぜ地図なのか。香港は中国大陸の一部でありながら、長いこと英国に割譲されていた歴史を持つ。「永盛街興亡史」に、植民地ではフィクションのほかに頼るべきものはないという言葉が出てくるが、彼の作物はそのように歴史の希薄な街に生まれた者の必然なのだ。英国は境界線を引き、場所に名を与え、それらを地図に落して「香港」を事実化させたが、彼はそのトリックを逆手にとって古地図を解読する話を綴り、自分流の香港史を物語ったのだ。出まかせやデタラメとはちがう、大きな歴史は眉につばして読めよという警告を秘めた虚構に乾杯したい。


















