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スーパーハッカーのあまりにスリリングな人生

『アイスマン 史上最大のサイバー犯罪はいかに行なわれたか』 (ケビン・ポールセン 著/島村浩子 訳)

評者仲俣 暁生 プロフィール

なかまた あきお/1964年東京都生まれ。フリー編集者・文筆家。著書に『ポスト・ムラカミの日本文学』『極西文学論』ほか。

1965年カリフォルニア州生まれ。サイバーセキュリティ・ジャーナリスト。「Dark Dante」の名で90年代に活躍した世界的ハッカー。現在は『WIRED.COM』のニュースエディターで『WIRED』誌に寄稿。セキュリティ情報サイト「THREAT LEVEL」を運営。本書が初の著作となる。 祥伝社 1680円(税込)

 クレジットカード詐欺を行う連中のことを、「カーダーズ」と呼ぶ。彼らは違法に入手した個人情報を闇市場で取引しており、そのためのウェブサイトを世界各地につくっている。

 二〇〇六年の夏、これらの闇取引サイトが、何者かによって一斉に乗っ取られた。敵対的な企業買収のように、競合者を強引に支配下に収めて誕生したのが、「カーダーズマーケット」と呼ばれるサイトである。

「アイスマン」はこの乗っ取り劇で一躍有名になった男のネット上でのハンドル名だ。本名をマックス・バトラーといい、のちにマックス・ヴィジョンと称した彼は、国防総省にしかけたハッキング行為がばれ、FBIの捜査に協力せざるをえなくなる。「ホワイトハット」と呼ばれる善玉のハッカーとして、しばらくはセキュリティ・コンサルティングの生活に満足していたものの、ハッカー・コミュニティへの忠誠心を優先したためにFBIとの関係を悪化させ、刑務所入りすることになる。

 マックスが獄中にいた時期は、ちょうど「ドットコム・バブル」と呼ばれたITブームの時期だった。インターネットが急速に普及し、eコマースと呼ばれる商取引が盛んになった。セキュリティ対策の甘いネットワークも激増し、出獄後のマックスが腕をふるう条件は、十分に整っていた。

 ここから先は、目も眩むほど鮮やかなクレジットカード詐欺の手口が明かされることになる。闇で取引された個人情報は、地下工場でプラスチックカードに書きこまれ、細部に至るまでホンモノそっくりに偽造される。「キャッシャー」と呼ばれる女性の買い物係がこの偽造カードを使って高価な商品をデパートで買い漁り、ネットオークションで売り払う。きわめて効率的な詐欺システムの仕上げの一刷毛が「カーダーズマーケット」だった。

 だが、「アイスマン」の野望は最後に打ち砕かれる。FBIの捜査官が「マスター・スプリンター」というハンドル名で地下ネットワークに潜入し、スパムの専門家であるという偽の肩書きで信用させ、一歩また一歩とマックスを追い詰めていく。二人の駆け引きの様子は、凡百の推理小説を凌ぐほどスリリングだ。

 それもそのはず、著者のポールセンは、現在は『ワイアード』誌などに寄稿するジャーナリストだが、かつては自らもハッカーとして勇名を馳せ、有罪判決を受けたこともある人物。著者自身の実体験に裏打ちされたハッカー文化への造詣の深さが、本書をきわめて読み応えのあるものにしている。

この記事の掲載号

2012年3月15日号
2012年3月15日号
原発暴走 東京に「戒厳令」発動 極秘作戦書を独占入手!
2012年3月8日 発売 / 定価380円(税込)
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